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ラファエル

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©Dita Amiel

 「ねえ、ラフィ」わたしはいった。「あなたを好きだったこと、気づかなかった?」
「いや、だって君はまだネンネ(ティノック)だったじゃないか」
 そこで、わたしたちは戦時中のことをはじめて口にしたのだった。父親に「近くの森に走れ」といわれて、絶滅収容所にひた走る列車から突き落とされた、とラファエルはいった。
「誰かが生き残って語り伝えなくちゃならん、と親父がいったんだよ。お前は若くて丈夫だから、うまくいくかもしれん。飛びおりろ! そういって、親父は少し広げてあった板の隙間にぼくを押しこんだ。ぼくはギョッとしたし狼狽もしたが、列車から跳びおりると、森に向かって走った。弾丸が踵をねらって飛んできた」
 ラファエルは森に入っても走りやめず、ついには気を失って倒れた。意識を取り戻して、怯えて目をあげると、若い男がのぞき込んでいた。ドイツ人の農夫ハンスといって、村から遠い森のはずれに、妻のイルゼと住んでいる男だった。ハンスは癲癇(てんかん)もちだったので、兵役を免除されていた。子どもがいない夫婦にとって、ラファエルは天からの贈りものだった。彼らは収穫のうちのかなりの部分を国庫に納めなければならず、家事や野良仕事を手伝ってくれる人手がほしかったのだ。
 ハンスとイルゼはラファエルをかくまうことにし、3年ものあいだ、ユダヤ人をかくまったことで死の危険にさらされて過ごした。幾度となく、神経が麻痺しそうなほどの恐怖を3人は味わった。だが、ラファエルは生への宣告を受けて、生きのびた。
 戦争が終結すると、ラファエルは家族を捜すために、ハンスとイルゼのもとを去った。誰も、何処からも、戻ってこなかったことがわかり、他の多くの人たち同様に天涯孤独になったのがわかると、ラファエルはヨーロッパを捨てて「Alt-Neu Land 旧くて新しい地」(註1)に行く決心をした。その頃、ユダヤ難民たちと出会って、「ブリハ 脱出」組織のボランティアとしてヨーロッパの難民キャンプで働くようになった。そして、そこで、わたしたちは知り合ったのだった。

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